人気ブログランキング | 話題のタグを見る

乗蓮寺3



天保飢饉の供養塔







                   
乗蓮寺3_f0302331_19252285.jpg




実はカメラを向けるかどうか長い間迷いました。

たくさんの供養塔をじっと見つめました。

胸に迫るものがありました。

それを形に残しておきたくてやはり撮影しました。

そして掲載するかどうかもしばらく悩みました。

しかし、ここを訪れてもっとも深く心に突き刺さったのはこの古い供養塔でした。

写真とは別の一番大きな供養塔に添えられている説明を以下に記載します。



天保の飢饉は享保・天明の両飢饉と並び江戸時代三大飢饉のひとつにに数えられています。

天保4年(1833年)から同7年にかけて全国的な天候不順による凶作、疫病の流行によって大勢の餓死者や行路病死者(行き倒れ)が出ました。

幕府は白米や銭を支給するとともに、同八年(1837年)には新宿・品川・千住・板橋に救済小屋を設けてその救済に努めましたが、亡くなる者は後を絶ちませんでした。

この供養塔は当時板橋宿の中宿にあった乗蓮寺の住職撮譽上人が、宿内の死者を寺内に埋葬し、その菩提を弔うために建立したものです。(中略)台座には八年三月から十一月の間に亡くなった423人(男333人、女49人、子供41人)の戒名が刻まれたいます。

昭和61年度に板橋区の文化財(歴史資料)に指定されました。




              
乗蓮寺3_f0302331_19252279.jpg








幼子の供養塔







    

              
乗蓮寺3_f0302331_1925225.jpg






幻想童子…



              
乗蓮寺3_f0302331_19252242.jpg






秋音童子…



              
乗蓮寺3_f0302331_19252330.jpg




享保・寛政などと刻まれています。



悲しくも慈愛に満ちています…。











by tensinonamida_iza | 2007-01-04 00:58 | 寺社
<< あふれる陽光 乗蓮寺2 >>